花と史跡を巡る館林名所七所

茂林寺「写真」茂林寺

当寺開山大林正通禅師は美濃(岐阜県)の生まれ。武家の源土岐氏の出で、同国龍泰寺開山華叟正萼禅師に師事、後修業のため諸国を行脚して諸山の老僧に参得、たまたま上野国伊香保で守鶴和尚に会い、彼のすすめによって応永三十三年当地に至って小庵を建て、閉居していたが、小田原最乗寺(道了尊の寺)に招かれて応仁元年同寺の住職となった。翌二年青柳城主赤井正光公は禅師の徳に深く帰依して自領地の内八万坪を黒印で寄進寺領とし、小庵を改めて一大寺を建立して青龍山茂林寺と号した。

萩の大黒尊天萩の大黒尊天「写真」

本来は、古代インドに伝えられた「シヴァ神」と同体の神で、「摩訶迦羅天(まかからてん)」といわれました。摩訶(まか)は「大」、「迦羅(から)」は「黒暗」の意味なので、大黒天と呼ばれるようになりました。打出の小槌と大きな袋を持った姿から、幸福と財宝を人々に与える神様とされています。いつの頃からなのか、この神の像を寺院の台所に祀るようになりました。寺院の奥様を「大黒様」といい、それを掲げる柱、すなわち「大黒様を支えるもの」に「大黒柱」という言葉が使われるようになりました。「我が家の大黒柱」とは、幸福と財宝を支える柱のことです。大黒天・毘沙門天・弁財天・吉祥天など「天」と呼ばれていますが、仏像の区分に「天部(てんぶ)」というのがあり、同じ区分に入れられています。「天」とは、仏教以前にあったヒンヅー教やバラモン教に出てくる古代インドの神々が、仏法を護るものとして仏教に取り入れられたものです。


イベント

10月29日〜11月20日 菊花会

お問い合わせ

茂林寺

〒374-0033 群馬県館林市堀工町1570
TEL:0276-72-1514

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